あるものごとが善であるのか悪であるのか、その判断は非常に繊細なものであると思う。
実体は一つであるコインの、オモテウラを見てその判断を変えるように・・・・うん、つまりは実体には変わりのないコインの、「表」を見て「表」といい、「裏」を見て「裏」というその実体であるコインそのものの本質には何ら変わりがないように・・・ものごとが善であるのか悪であるのか・・・善は裏返してみれば悪であり、また、悪は裏返してみれば善になり得る可能性に思いを馳せる。
「人命尊重」なんていう、絶対的に感じる価値観だって、もし地球に意思があるとしたらそれを悪と感じるかもしれない。
人類が地球上に蔓延る事が善であるのか、はたまた悪であるのか、その判断は地球レベル、宇宙レベルでは善悪のの付けようがないんじゃないかなー。
私たちが生き長らえる事さえ、とある価値観においては悪であるかもしれない事に私たちは思いを馳せてみる事が必要なのではないかな。
小乗仏教には息をする事さえ悪だと教えもあるらしい。
物事に対する価値観は様々だ。
謙虚に生きなければ。

報道の姿勢に色が付く事は人間の業であり仕方のない事だ。
彼らの主張する姿勢はともかくとして、判断する私たちは常に明晰でなければならない。
マスコミや、偉そうな人の言う事を鵜呑みにしない事。
もちろん私が主張する事も含めて。
疑問を感じたならば、まずは自ら一次資料を紐解いてみて欲しい。

それが国を、社会を、世界をよくする道につながるんじゃないかな。