硫黄島の手紙」扱ったテレビ朝日のニュース番組で、キャスターや俳優さんが陸軍中將栗林忠道について「初めて知った」を連発するけれど、教育を受けていないのだから当たり前といえば当たり前の事でして。

社会科で、歴史に名を留めるに値する日本の軍人たちについて殆ど教えられないのは残念な事だと思っています。

こうして話題にのぼった時にのみ、彼等の素晴らしさが語られ、普段は全く忘却の彼方に埋もれているのはもったいない事だと思う。

以下に挙げる方々は社会科や道徳の時間に再び採り上げられるべき人物ではないでしょうか。

軍人だ、という色眼鏡をかけて見るのでなければ、彼等それぞれに素晴らしい精神をもってその時代を生きていた事がわかると思います。
素直に見習いたいと思っちゃいますけどね。

以下、簡単ですが人物・功績紹介。
詳しくは書物がたくさん出ていると思います。



東郷平八郎・・・元帥。日本の連合艦隊とロシアのバルチック艦隊による日本海海戦の完全勝利。日露戦争は近代において初めて白人が有色人種に負けた歴史的な戦。トーゴー・ターン。世界三大提督-ホレーショ・ネルソン、ジョン・ポール・ジョーンズ東郷平八郎 。世界三大海戦 -レパント海戦、トラファルガー海戦日本海海戦

乃木希典・・・陸軍大将。旅順攻略。敵将ステッセル水師営の会見。学習院院長(=昭和天皇の教育係)。明治天皇崩御の日に夫婦で殉死。

兒玉 源太郎・・・陸軍大将。旅順攻略。良好な台湾統治。

秋山真之(さねゆき)・・・海軍中将。旅順港閉塞作戦。日本海海戦主任参謀。

広瀬武夫・・・部下の杉野孫七上等兵曹を探索して船内を3度探し、退却時にボート上で砲弾の直撃を受け戦死。そのエピソードが唱歌『廣瀬中佐』となる。

佐久間勉・・・第六号潜水艇事故(明治43年4月、広島湾で潜水艇が訓練中沈没した事故)。職務を最期まで全うする。
その潜水艇が引き揚げられたとき、13名の艇員は全て整然として部署についたまま絶命。
当時、世界の人々を驚倒させ、今も世界各国の潜水学校で尊敬されている

山本五十六・・・元帥。連合艦隊司令長官。日独伊三国軍事同盟や日米開戦に最後まで反対。航空機戦力に早期から着目し、海軍航空隊設立に尽力。

栗林忠道・・・陸軍中将。硫黄島の戦いで米軍との激戦を指揮し、最後は自ら200名の兵士達の先頭に立ち突撃を行い戦死。米軍に大打撃を与える。米側から見た、大東亜戦における最も優秀な日本側指揮官。

池田末男・・・中佐。8月15日の武装解除後、ポツダム宣言に反して千島列島占守島へと攻めてきたソ連軍に対し第11戦車連隊(通称『士魂部隊』)を率いて抵抗。ソ連軍の計画していた北海道占領作戦を断念させる。



ちなみに広島にある江田島の海軍士官学校アメリカ合衆国アナポリス海軍兵学校や英連合王国ダートマス海軍兵学校と共に世界三大兵学校の一つに数え上げられていました。現在は海上自衛隊第一術科学校及び幹部候補生学校となっています。

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